気付いたときに、貴方が枕元の椅子に座っていた。顔をみたら笑っていたので、
少し安心することができる。今日は外の天気がいいから湿気が少なくてすごし
やすいね、と貴方がいう。エアコンをかけていたら、そんなことわからない、
と僕が口を尖らせ、そうだったね、と貴方は苦笑する。水滴のつく程きーんと
冷えたオンザロックのグラスを考えながら、僕はひとつ質問をしてみた。
ねえ、この世の中で、一番透明なものって何だと思う?
… なぞなぞあそびか。そうだなあ、空気でどうだ。
ふうん、なんだかありきたりだな。つまらない。
… つまらんと言われてもなあ。正解ってあるのか。
いいや、ない。貴方が思う一番透明なものってなにか、教えてほしい。
… じゃ、オレの心。
たしかにそうなんだろう。自信に満ちた彼にとっては、未来は洋々と拓けてい
て、すこぶる見通しの良いものなのだろう。もしかしたら、だからこそ彼は輝
いて見えるのかもしれない。そういえば、未来に疑問を感じたりしないだろう
子ども達も、いきいきと輝いて見える。
貴方って子供だね。
… わるかったな、ガキで。
いや、誉めてるんだけどな。
… そうかい、それはありがとう。
ガラスの破片のように、時に透明なものは、僕の心に受け止めるには鋭利すぎ
ることがある。それは内包しているものたちを、容赦なく外にさらけ出してい
る。棲む魚を隠す淀みも時には必要なのに。ただ純粋であるよりも、琥珀だっ
て、小さな生き物を閉じこめている方が価値がある。悠久の昔からの植物の血
液の化石。溢れでた樹液に足をとられたとき、その小さな生き物たちは何を感
じてもがいたのだろう。焦り。絶望。その宝石の中に僕たちは誇らしいまでの
恒久の時の流れを感じ取り、焦り、羨望する。
話したいことがある。
… いったい、なんだ。
貴方は僕が黙っていると、ただ笑ってそこに居てくれる。話しかけたときには
返事を返してくれる。本当にそこに居てほしいときの、100回に1回くらい
はそこに居てくれる。だから、それから、僕はとっておきの秘密をひとつ、貴
方にうちあける。
… ふうん、そうなんだ。
それだけ?
… まあね、だって他に言いようがない。
もっと何か言って欲しい。
… 今までと同じように、今できることを今やる、それだけだよ。
ねえ、タバコをちょうだい。
… オレからはやれん。自分で買ってこい。
僕がタバコを買いに行けないのを、ちかくの自販機には僕の好きな銘柄を置い
ていないのを、貴方はちゃんと知っているのだ。
(2004.07.01)