dr409 同じ服装
同じシャツ、同じズボン、同じ靴を10着ずつも持っていて、いつも同じ装いをするのが趣味だという知り合いがいて、その人と服装をネタにして冗談を言い合っていたときの話である。

その知り合いがいう。ある作家の書いたエッセイかなにかで、川の近くに居を構える友人の家を訪ねたときの話があったのだそうだ。久しぶりの語らいに時を忘れているうちに、外はすっかり昏くなってしまった。訪れた時にはどんよりと曇っていた程度だった空から、雨も降りはじめてきたし、まだまだ話したい思い出も汲めども尽きぬ。友のすすめもあってそのまま泊まってゆくことにしたのだという。そうして長い夜をともにグラスを傾けながら過ごしていたときのことだったという。折しも雨足は強まるばかり、吹きすさぶ風に木々の揺れしだき、増水したとおぼしき川の方よりごうごうという水音も聞こえてきた。無理に帰ろうとせずに良かったことだと安心していると、奥の部屋より老婦人が入ってきて、おや、お客さんですか、というのである。母君に違いないと思い、ご挨拶が遅れましたが友人のこれこれこういうものですが、今日はお世話になります、と立ち上がって頭をさげる。おや、これはご丁寧に。ゆっくりしていらっしゃいね。ところで、あなた、と、今度は友人の方をむいて話しかけるのである。外でずいぶんごうごうという音がしていますがどうしたんでしょうね。友人は笑ってこう答える。ああ、おかあさん、外では雨が強くなって川の流れが急になっているんでしょう。大丈夫ですよ、このくらいの雨ならば今までも平気でしたから。それをきいた老婦人は、安心した顔でまた奥へ戻っていったのだそうだ。友人は、いや、なかなか心配性でね、なんて苦笑いをしてみせて、またさきほどから続いていた思い出話にもどったのだ。ところが、30分も経っただろうか、また奥の方から老婦人がやってきて、おやお客さんですか、というのである。お邪魔しております、と頭をさげると、どうぞゆっくりしていらっしゃいね、と笑顔で言う。あれ、本当は邪魔をしてはいけなかったのかしら、と少しばかり心配になるけれど、どうもそういうふうでもなさそうだ。ところで、あなた、と、今度は友人の方をむいて話しかけるのである。外でずいぶんごうごうという音がしていますがどうしたんでしょうね。友人は笑ってこう答える。ああ、あれは、外では雨が強くなって川の流れが急になっているんでしょう。大丈夫ですよ、このくらいの雨ならば今までも平気でしたから。それをきいた老婦人は、安心した顔でまた奥へ戻っていったのである。それをみて、ああ、世の中にはよくあることだ、と思い当たって少しばかりほっとしたのだ。そうしてまた思い出話に花を咲かせていると、30分も経っただろうか、また奥の方から老婦人がやってきて、おやお客さんですか、というのである。少し微笑ましい気持ちもあって、お邪魔しております、と頭をさげると、どうぞゆっくりしていらっしゃいね、と笑顔で言う。そして、ところで、あなた、と、今度は友人の方をむいて話しかけるのである。外でずいぶんごうごうという音がしていますがどうしたんでしょうね。友人は笑ってこう答える。ああ、あれは、外では雨が強くなって川の流れが急になっているんでしょう。大丈夫ですよ、このくらいの雨ならば今までも平気でしたから。それをきいた老婦人は、安心した顔でまた奥へ戻っていくのだ。そんなことが何度か続き、九度めか十度めのあと、友人にこういうことはしょっちゅうなのか、と問うと、最近はだいたいいつもこんな感じだろう、と笑っている。それにしても、なんどもなんども同じことを繰り返しいらえるのも丁寧なことだねえ、と友人に感心してみせた。ところが、友人は急に大真面目な顔をしてこう言ったのだそうだ。いや、お前はここで同じことをきいていたからそう思うのかもしれない。でも、彼女にしてみたら、あのときの一度一度が彼女にとってはじめての会話だったのだから、こちらも丁寧に答えるのは当たり前なのだよ、と。

やがて夜もあけて、外はすっかり良い天気になっていた。心なしか空の色もいつもよりも青い気がする。ああ、自分はこの人の友人であって本当に良かったなあ、などと思いながらさてもそろそろ辞去しようと、奥の方の部屋に向かって声をかけた。今日はこれで失礼いたします。昨日は急なところを泊めていただいて大変助かりました。どうもありがとうございました。そうすると、奥の方の部屋の襖が、すっと音もなくあいて、老婦人が、横一列に並んだ10人の老婦人が、そろった笑顔で、またおいでくださいね、っていう話なんでしょう? 僕がいつも同じ服装をするのが趣味だという知り合いの話を途中で引き受けて続ける。本当はあなただって10人いるのを隠すために同じ服装をしてるんじゃないんですかねえ。

最近、物忘れがひどくてってことにしておくと、同じ人に対して何度か同じ話をくり返してもばれないからねえ、やっぱり。そんなふうに言って笑っちゃった知り合いの勝ちなんである。
[PR]
# by shinakaji | 2005-01-13 03:59 | essay
dr408 檸檬
向日葵の花弁のように濃厚な色の檸檬をもらった。それはちょうど僕の両手の指が重なるようにあわせてつくることのできるお椀のくぼみにぴったりとおさまるほどの大きさで、僕の手の熱のせいか、清涼な香りを立ち上らせている。色はオレンジのようであっても、その紡錘形のかたちといい、その匂いといい、たしかにそれは檸檬であることを主張している。稀に見るほどの美しさで、掌に感じる重さと冷たさが心地よく、しばらく僕はそれに目を奪われていた。

「みごとなもんだろう。果物屋の店先でこれをみつけたとたん、これを買おうと思ったんだ。最近ずっと部屋からでていないときいていたから、太陽を一杯に吸いこんだ檸檬なら、きっと喜んでもらえるだろうと思ったのだけど。」

自分には無いものを美しいと思うのならば、そのたっぷりとした檸檬の生命力がまぶしかった。値段にしたらほんのわずかなものだろう、唯ひとつの檸檬は、それを選びとった者の気遣いとともにあって、その価値を何倍にも高め、僕の存在を圧倒していた。初恋の味は檸檬の味とも云うが、その初恋の味を僕は知らない。けれど、きっとそれはこの匂いのように胸騒がしく、この匂いのように羨ましいものなのだろう。小さな子供がミルクばかりを飲んで乳臭い匂いを漂わせているように、僕は桃の香りを纏いたいと思ったことがある。ひととき、わがままを言って、毎日桃ばかりを食べたのだけれど、いつのまにか飽いてしまって、その計画は流れてしまったものだ。

「どう、気に入った。」

悪戯っぽく笑った顔を僕は言葉なく見返して、また両手の中の檸檬に目を吸い寄せられるのに任せた。たしかに僕はこれを気に入って、言葉ではなく、その匂いを嗅ぐことでそれを表そうとした。きっとそれもうまく通じたのだろう。

「なら、よかった。今日は忙しいからもう帰るけど、また来るからな。」

そう言って檸檬の主は帰っていった。

主を失った檸檬はまだその色を失わず、窓の外の太陽にむかってかざしてみたけれど、昏い影になるどころかコロナをまとい余計鮮やかに輝いた。明日は少し無理をしてでも外へ出てみようか。ついそんな気にさえさせられてしまう。唯一つの檸檬と比べてさえ存在の重さという点で勝ることのできない僕は、窓の外に遊ぶ小鳥に、せんのない想像をする。どうせ軽いのならば、空が飛べるといい。だが、翼を失った小鳥と、本体を失って翼しか残っていない小鳥と、果たしてどちらが幸せなのだろう。翼だけしか残らなくても、羽ばたくことが小鳥の使命ならば、誇りたかいまま死ぬことが許されたのはどちらだったろう。

少し疲れたのでやすむことにして、枕もとの読みかけの本の上にその明るい色をした果物をおいて、目を閉じた。そして一眠りして目を覚ますと、もういつのまにか夕方で、窓からの夕陽が檸檬に吸い込まれていくところであった。匂いを嗅ぎたかったけれど、手にとることがなんだか今は勿体ないような気がして、本の上に伸びた長い影を、僕はそっとなぞって、斜めにさす光にもやのように立ちのぼっているはずの匂いを、蝶のように指先で味わおうとした。

それから部屋にノックがあって、ドクターの回診の時間だった。

「こんなところに爆弾をおいちゃだめですよ」

僕が彼の冗談をわかったのを見てとって、彼は僕に共犯者の笑みで笑いかけた。一緒についてきていた若い看護婦が、なにか問いたげな視線をドクターにむけていたけれど、僕はそれには気がつかないふりをして、彼に笑い返した。
[PR]
# by shinakaji | 2004-09-19 22:59 | fiction
dr407 japenese
jape(ジェイプ)
  (名詞)冗談。いたずら。(動詞)冗談をいう。いたずらをする。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=jape&kind=ej

これより転じて:

jape-nese(ジェイプニーズ) 
  1) merely a typo of "japanese".
  2) (勝手な造語)冗談としての日本語。冗句。





以前、某場所においてある種の質問が頻出した時期があった。それは、ファッションとしての漢字の入れ墨が流行った時期でもある。質問の一例はこんな漢字(←タイポ)。

> please send me the font in the word "Sarah" and in the
> word "Princess." I am thinking about getting a tattoo
> and I would like to see the way it looks. Thank you.


(概訳:あたし、今度タトゥーを入れようと思うんだけど、どんな風なのか見てみたいので、サラって名前とプリンセスを日本の文字のフォントで送ってくれないかしら。よろしく。)

たとえばこんな質問にだったら、別に悪意もなく「沙羅姫」なんてどうだろうなんてアドバイスしてもいいかななどと思うところだ。沙羅は白い花をつける沙羅樹、別名ナツツバキのことで、清楚なイメージがある。文字に注目しても、女性の名前に使用しても違和感の無い綺麗な字面であると思う。

ところが同じような質問をしてくる中には、

> What is the diff between kanji and katakana?

(概訳:漢字とカタカナってどこか違うのカナ?)

なんて言っている人達も居るのだ。漢字が表音文字ではなく表意文字であるという認識すら持たない相手であったとすれば、ほんのり悪意をこめて「サラという読みを漢字にすると、日本で一番ポピュラーなのは「皿」という字だよ」なんて教えてしまうことだってできる。万が一、おお、左右対称でベリービューティフルだわ、なんて彼女が思っちゃった日には、皿姫が誕生するかもしれないのだ。皿なら、特に悪い意味の字ではない。女性の名に使われることの少ないために少々違和感があるだけで済む。せいぜい余計な装飾をつけて血になってしまわないようにとアドバイスしてあげるだけでいい。

もっと悪意をこめてアドバイスをする人がいたりなんかすると、「便所」だとか「汚物」だとか、日本人なら纏うことを到底思いつかないような文字を自分の二の腕に墨入れしたりする羽目に陥るかもしれないのであった。まあ日本人が「私は売女です」なんて英語で書かれたTシャツを、シャレではなくてその意味に気付かずに着ているのを失笑されてしまうなんて類が話題になることもあるけれど、所詮Tシャツは脱ぎ去ることができる。

で、こんな注意書きも現れるようになる。

> Be very careful with Chinese/Japanese tattoos.
> Some people like to play jokes by suggesting
> outlandish combinations of characters."


(概訳:中には冗談やいたずらで全くちぐはぐな文字を教えてきたりする人もいますので、日本語/漢字のタトゥーをする時には十分に注意して下さい。)

それからしばらくして、流行は下火になったのか、注意書きが効を奏したのか、日本語でなんと書くのか教えて欲しい、という質問はほとんど見られなくなる。

そんなある日、次のような記事が投稿された。リストに挙げられた次の言葉を日本語ではどう書くのか、教えてもらえませんか、っていう投稿である。(一部改竄済み ;-p )

>Hi everyone
>
>I appreciate it may be asking a bit, but I'd be very grateful if
>someone would please translate the following phrases for me into
>Japenese - using the Japanese script/alphabet:
>
>1. "Jump to", "Goto"
>2. "select one" [for a dropdown list]
>3. "required" [for an input box]
>4. "AND", "OR", "NOT"
>5. "Results"
>6. "Comments"
>7. "First", "Last"
>8. "Clear", "Refresh"
>9. "Search"
>10. "whole", "entire"
>11. "Please check your spelling or try a different word/phrase"
>
>Kind regards,


(概訳:はぁいみんな、ちょっと教えてくださいな。このフレーズを日本語で書くとどうなるか、誰か教えてくださったりするととってもとっても嬉しいな。以下略。)


ずらっと並んだフレーズをみると、どうもソフトウェアの開発関係者なのだろうか。さて、どうやら投稿者氏は、別の場所で必要とする情報を得たようである。そうってすると、あとは酒の肴と化すばかり。へえ、あれは実は、またもってタトゥーの文字を訊いてきてんだって、なんて書き込みがされると、ほほぅ、またですか、なんてハナシになる。誰が哀しくて「次のドロップメニューから1つ選んで下さい」なんてタトゥーを入れるかね、なんてツッコミは無しなんである。みんな冗句なんである。

んじゃま、いっちょ「絶対にあり得ないけど、一瞬あり得るかもしれない入れ墨の文字」を考えてあげましょう、なんて思っちゃうわけなんである。どない?


>1. "Jump to", "Goto"

 ジャム埠頭、誤答

>2. "select one" [for a dropdown list]

 犬を選択

>3. "required" [for an input box]

 理科嫌だ

>4. "AND", "OR", "NOT"

 安堵、逆青、能登

>5. "Results"

 狸猿人

>6. "Comments"

 米人

>7. "First", "Last"

 一塁、胴上げ?

>8. "Clear", "Refresh"

 台所、冷酒参照

>9. "Search"

 十
 立
 十

>10. "whole", "entire"

 二重穴、丸護謨車輪


うーむ、どうも苦しい。


>11. "Please check your spelling or try a different word/phrase"

 貴方の唱えたどうにもならない呪文を見直して、別のでやり直しなさい。


はい、そうでっか。どうもすみません。
[PR]
# by shinakaji | 2004-09-19 17:13 | essay
dr406 ミスリーディング
暇を持て余す時間があると、どうも人間、下らないところばかりに血液が流れこむらしい。それで余計なことばかり考えてしまう。つい先日も、顔では大真面目なフリをしながら、その裏側で、しょうもないなぞなぞにどんなヒントがあるかを考えていた。ひとつ思いつくたびにメモ帳の片隅に小さく文字を書き入れていく。

ヒントその1
棒状をしていて手で持つことができます。

ヒントその2
英語で綴ると最初の文字が P です。

ヒントその3
日本語では、平仮名4文字で表されます。平仮名の2つめの文字は「ん」です。漢字で書くとするならば2文字になります。

ヒントその4
先端の色は赤だったり黒かったりします。

ヒントその5
結構みんな所有しています。ほぼ間違いなく貴男もお持ちのはずです。

ヒントその6
若い時はしょっちゅう使うけど、年をとってくると使う頻度が下がってきたりします。けど、あまり若すぎてもうまく使えません。

ヒントその7
使わないときにはしまっておきますが、先端の保護のためにフタをつけてる人もいます。つけない人ももちろんいます。

ヒントその8
先端を舐める人もいます。あんまり美味しいもんじゃないそうです。

ヒントその9
ときにはソレを穴の中にいれてぐるぐるします。


ええと、この辺でおわかりでしょう。問題は「Hになればなるほど固くなるものなぁんだ」です。


ヒントその10
なにかを書くのに使ったりします。たまには写生なんかもしたりして。


書き付けていたメモ帳のちびた鉛筆の筆跡がすれて手が汚れてしまったので、あとでよく手をあらいました。
[PR]
# by shinakaji | 2004-09-15 23:38 | essay
dr405 <s>さかな</s>野菜を食べると頭が良く
たとえ蟋蟀みたいといわれても、僕はそれでもきゅうりを食べる。胡瓜は、究理の音に通じ、その道を志すものにとってとても縁起の良い食べ物だからである、なんていう大層な理由ではなく、今、とっても安いから。

先日も、早くたべないと傷むから、と小松菜のおひたしを一生懸命たべていた。茹でてから冷蔵しておいたのを、予定外に外食をしてしまったりして少し放置しすぎたものに、ノンオイルドレッシングをかけてたべていたのだが、緑の葉の部分が一部くすんだ色になっている。その部分は、色、匂いともに野沢菜の漬物のようになっていて、食べるべきかどうか戸惑った。たんぱく質のものはともかく、野菜や果物は少々傷んでいても食べて平気であるという教育を受けて育った。納豆や味噌だって発酵食品だし、漬物だっていい具合に酸味がでているものも嫌いではない。そもそもにおいは野沢菜漬けのようだし、味だって大して変わっているわけではない。濃い味付けにしてしまえば、どうせわからないだろう。けれど、4把で50円で買ってきた小松菜だから、今、皿に載っているのは10円にも満たないのである。もちろん、安いから高いからというのは食べ物を粗末にしても良いという理由にはなり得ない。けれど、万が一無理をして食べて体を壊したら、かえって高くついてしまうのではなかろうか、と杞憂してみたのだ。まあ、実際には拾い食いしても平気な胃腸の持ち主であるから、たいしたことになるわけはないのだが。悩んだ末、変色の激しい一部のみ自然に還ってもらうことにした。

そのようなことを行い、また一部のストックを胃に移動させ、冷蔵庫をやっと整理した。別の一部は冷凍庫へとその居場所を変えただけではあるが、当面、目のつく場所は片付いている。それでまた淋しくなって、今日、また八百屋に寄ってきた。きゅうりと茄子が安かったので、一山ずつ抱えて帰ってくる羽目に陥った。だから、またきゅうりや茄子を食べ続けなくてはならない。

安いから買ったものを傷む前にと無理やり消費するのは、実は賢い行動とはいえないのかもしれない。そもそもそこにあるから食べなければいけないのであって、冷蔵庫に胡瓜をストックしていないときには胡瓜を食べようなどとは思わないし、思っても買ってくるのが面倒だからという理由で諦めるのである。けれど、どうせご飯をたべてもまたおなかがすくのだから、食べるのをやめよう、という訳には、どうもいきそうにない。それに、人はパンのみに生きるのではない。野菜だって食べなければいけないのだ。

(2004.08.05)
[PR]
# by shinakaji | 2004-08-06 04:02 | essay