dr423 隣の家に囲いが…
 新聞によると、愛知万博の長久手会場には、バイオ・ラングと名付けられた緑化壁があるのだそうだ。写真も添えられている。人の背丈の5倍ほどもあろうかという仕切り壁に、花や緑が植えられていて、あたかも花壇をそのまま縦にしたようにも見える。目隠しや仕切りと緑化を組み合わせた、大変結構なものであるし、維持管理が容易なものであれば、高速道路の防音壁などを緑化するだとか、建物の壁を緑化するだとか、いろいろと応用ができそうなものでもある。その名称に、わざわざ「ラング」と、肺を意味する単語を持ってきたのは、その記事に曰く、「都市部の炭酸ガス吸収と酸素供給を目指す工夫」なのだそうだ。
 会場を訪れて確認したわけではないが、写真から判断する限り、植えられているのは主に草本からなる花の苗などである。光合成により吸収された二酸化炭素が木質として残っていくような樹木を植林した場合とは異なり、草本を植えても、冬に枯死した部分が微生物により分解され二酸化炭素に戻るので、二酸化炭素の吸収源としてはカウントできない。また、酸素の供給という言葉だって観念的なものにすぎない。というのは、もともと大気中に20%近く含有されている酸素の濃度など、わずか 0.038 % しか含まれない二酸化炭素の一部が光合成により酸素に変換されたとしても、ほとんど影響を受けることはない。後続の新聞記事では、このバイオラングをもって「温暖化対策の象徴と誇る」と述べている。いくら都市緑化の技術としてはすぐれていても、それを温暖化対策と混同して、その象徴とまでうたってしまうのであれば、愛知万博たいしたもんじゃない。植物の蒸散作用によって温度が下がるとか、花や緑が多くてきれいだとか、心が和むだとか、そんな類のことを言ってくれたほうがずっと納得できる。

 このバイオ・ラングについて、更に新聞の続報がでていた。「万博協会が温暖化対策の象徴と誇る巨大緑化壁「バイオ・ラング(生物の肺の意味)」の草花には、植物の活性化を目的につくられた特殊な水が供給されている」というのだ。ここで、この「植物の活性化を目的につくられた特殊な水」とは何か興味をもった。新聞の記事ではこう続く。「同社によると、特殊な水は、天然水には安定した状態で存在しにくい二価鉄を含むのが特徴。植物の枯死の一因とされる酸化を緩和することが実証されているという。」
 開発もとの会社名や、二価鉄などキーワードで調べてみると、どうもこの特殊な水というのは、世の中でパイウォーターとして出回っているものと類似、または同一のもののようである。ところで、世の中には疑似科学とよばれるものがたくさんある。科学的な証明の難しいことでも、いかにも科学的な証拠がそろっていて正しいものであると錯覚させ、消費者の購買意欲を喚起するなどの手法などもそのひとつである。では、今回のその特殊な水なるものも、そういう目で批判的に見てみようか。
 まず気になるところは、記事の中で「同社によると」「~であるという」と書かれていることだ。この一セットの修飾がつくことによって、記事を書いた記者の責任逃れが生じる。つまり、伝聞でありその内容の正しさは保証しません、というわけだ。それなのに、(再び「されているという」と伝聞で描かれているのであるが)「実証」という、ここではそのデータやポインタさえ示されていないために、客観的にはそのデータの正当性や、もっと極端にはそのものが本当にあるのかの判断さえできないような、つまりその信用性が皆無なはずの言葉で、なんとなく科学的に正しいと誤解させられてしまうのだ。
 実際に効果があっても、科学的な証明が難しいことなどいくらでもある。科学というのは、証明できないことを否定するのではなく、証明できないことは単に判らないとしか言わない道具なのだから、もっとシンプルに、切り花が長保ちしたデータがあります、とか述べるのであれば「科学的な根拠は判りませんし、不思議ですが、効果があるのならすごいことですね」と無難に返すことができる。もちろん具体的なデータが示されていない以上「その相関関係(と主張しているもの)だって本当かどうか怪しいぞ」だとか「相関があったとしたって因果関係があるとは限らないぞ」だとか反論してもよい。ただでさえそんな感じなのに、いかにも科学的に判っているかのように「植物の枯死の一因となる酸化を緩和」するのだ、などと具体的に書かれると、(科学的な雰囲気に無条件に権威を感じる人ならばともかくとして、)それは本当なのだろうか、と却って疑いたくなるというものだ。「科学的に実証」したというのなら、科学的な客観性をもって批判に耐えるデータが示されなければならない。実験方法やそのデータ等が公開されているのでない限り、一時はやったピラミッドパワーやヒランヤとなんら変わらない。
 ま、科学的じゃないからと言って別に誰も困るわけじゃない。データを示せ、と言っているのではなく、データが示されない限り懐疑的にとらえられても仕方ないですよ、と言っているだけで、その特殊な水に特別な効用があろうと、実は水道水でも変わらないんであろうと、どうでもよい。いずれは愛知万博に遊びに行って、その緑化壁をみて、へぇ、カッコイイじゃない、とつぶやく予定である。
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by shinakaji | 2005-04-06 23:38 | review


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